宮城県岩沼市にご鎮座の竹駒神社ならびに金蛇水神社に、1月25日早朝より勾玉会有志8名による神恩感謝の正式参拝を行いました。
前日の夜は、仙台市内在住の勾玉会参与にご案内をいただき、市内のレストランで宮城名物の「せり鍋」で交流を深め、楽しい晩餐となりました。
岩沼のルーツ
岩沼のまちの起こりには阿武隈川(あぶくまがわ)が深く関わっているそうです。岩沼で最も古い時代をテーマにした伝説をご紹介します。
「山の神」と「川の神」
ある日、南から北上してきた二柱の山の神と川の神が深山(しんざん*1)の手前で出会いました。山の神が「ここまで山をつくってきたのだから、もっと北へ延ばしたい」と言うと、川の神は「私はこの辺で川を海へ流したい」と言いました。
お互い譲らず、そのままでは山と川がぶつかるため、深山を十回早く回れた方の意見に従うことに。山の神と川の神は一斉に回り始めました。
ところが、山の神が7周したところで、深山に咲いていたツツジ(*2)に気を取られ、その根につまづいて転んでしまいます。
その結果、川の神が勝ち、阿武隈川(あぶくまがわ)は東に大きく反れて太平洋に注ぐようになったのだそうです。
*1 深山:現在の千貫山。岩沼市の西側を南北に走る丘陵の南端に位置する標高191mの山。
*2 ツツジ:昭和53年に岩沼市の花に制定されました。
古くから開けた岩沼は、かつて「武隈(たけくま)の里」と呼ばれたそうです。「武隈」は、平安時代の頃に古文書で「阿武隈」と書かれ、後に「阿」の文字が取れたものとされています。「武隈」と呼ばれた頃をテーマにしたものに次の伝説があります。
「八声(やこえ)の橋」
小倉百人一首で知られる参議 小野篁(おののたかむら*3)は、陸奥守に任ぜられたとき、京都の伏見稲荷で奥州鎮護を祈りました。すると伏見稲荷の神様が白狐の姿で現れたので、箱に納めてお連れすることにしました。篁が842年に国府多賀城に赴任する途中、一行が南長谷の小さな橋(*4)にさしかかったとき、白狐が八回鳴きました。
篁が「どうしたことか」と箱を開けると、中にいた白狐が飛び出し、近くの森の中へ姿を消しました。そこで、篁はこの森に社をつくり、地名から「武隈明神」と名付けました。その後、能因法師が神社の境内に建てた「竹駒寺」が影響したのか、「タケクマ」が「タケコマ」へと変わり、竹駒神社になったそうです。
また、「竹駒」という社名については、現岩沼市域の旧称「武隈」の転訛であり、もともとは、市内を流れる阿武隈川に由来するとされており、この地域の古い歴史を物語っています。
*3 小野篁:(802年〜852年)
参議 小野岑守の子。嵯峨天皇につかえた平安初期の官僚で、武芸にも秀で、また学者・詩人・歌人としても知られる。文章生より東宮学士などを経て閣僚級である参議という高位にまでなった文武両道に優れた人物であったが、不羈な性格で、「野狂」ともいわれ奇行が多く、遣唐副使にも任じられたが、大使の藤原常嗣と争い、病気と偽って乗船しなかったため嵯峨上皇の怒りにふれて隠岐に流罪されたこともあるが、後に許されて参議となる。
また、なぜか閻魔王宮の役人ともいわれ、昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁につとめていたという奇怪な伝説がある。
毎晩、冥界に通い、閻魔の傍らで裁判を手伝っていたといわれ、当時の人々に恐れられました。京都市東山区の六道珍皇寺(*5)には、篁が地獄と行き来する時に使ったとされる井戸があります。
*4 小さな橋:後に「八声(やこえ)の橋」と呼ばれた。現在は、水田になり残っていないが、旧国道沿いに、道標や石碑がある。
*5 六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ):京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院で、「六道さん」の名で親しまれているお寺です。
創建は平安前期の延暦年間(782〜805年)頃とされ、開基は奈良・大安寺の住持で空海の師にあたる慶俊と伝わります。
当初は真言宗で東寺の末寺として繁栄しましたが、戦乱や寺領移転などで衰退し、貞治3年(1364年)に建仁寺の聞渓良聰が入寺して臨済宗寺院として再興されました。
寺の一帯は、かつて鳥辺野の葬送地の入口にあたり、現世と冥界の境目「六道の辻」(*6)と見なされてきました。
境内には「冥土通いの井戸」と「黄泉がえりの井戸」があり、小野篁がここから冥界へ通い、閻魔大王に仕えたという有名な伝説が残っています。閻魔堂(篁堂)には閻魔大王像とともに小野篁像が安置され、弘法大師像も祀られています。
*6 「六道」とは、仏教の教義でいう地獄道(じごく)・餓鬼道(がき)・畜生道(ちくしょう)・修羅(阿修羅)道(しゅら)・人道(人間)・天道の六種の冥界をいい、人は因果応報(いんがおうほう)により、死後はこの六道を輪廻転生(りんねてんせい)する(生死を繰返しながら流転する)という。
この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境(さかい)(接点)の辻が、古来より六道珍皇寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入口とも信じられてきました。
竹駒神社 |
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![]() 金蛇水神社 |
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