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神々のつぶやき NO.28  いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/12/01


我が輩は猫であります。
ですが、以前は人間もしておりました!
人間時代に聞き及んだ話をするニャー。
 
【子供(幼児)の秘密だって!】その②

分割が始まると分裂が生まれてくる。2歳前後からすでにその前兆が出始める。
これが極端になるといわゆる二重人格となって分裂する。
怒ると変わり、泣くと変わり、何をしてもすぐ変わる。これが同じ人間とはとても思えない程!
この分裂状態こそ人間に起こるあらゆる不幸の原因、源である。エゴとも言う。

母親が微笑む・・・これは母親が子供について何か話しているのではない。
彼女は自分自身について何かを語っているのだ。彼女は嬉しい。母親になって幸福だと。

普通の母親はみんな微笑む。どんな醜い子供に対してでも母親だったら微笑みかける。
たとえごくごく普通の子供であっても母親は必ず想いを巡らす。

この子はナポレオンのようになるかしら!アレクサンダー大王のようになるかしら!
それともお釈迦様のように・・・? が、母親が語っているのは子供のことではない。
彼女は母親であることで幸せだ。彼女が語っているのは彼女自身のこと。

そしてもし子供が微笑んだら母親がもまたエゴを集めるのだ。
子供の微笑みを見て母親はいい気分になる。彼女は子供が自分に微笑みかけたと考えるからだ。
誰もが同じことを互いにやりあう。

子供は別に微笑みかけているのではない。子供は別に母親について何かを話している訳ではない。
いつ微笑していつ泣いたら良いか子供は知っている!
そして母親、父親は罰したり褒美を与えたりし始める。
もし母親に良い感じが持てなかったら笑おうとしない。母親を見ようともしない。
母親は子供を説き伏せなければならなくなる。

だが子供は自分自身について何かを示しているのであって母親についてではない。
母親は母親で自分自身の何かを示しているだけ。子供についてではない。
ある瞬間にこうであると思うと次の瞬間には全く違う。
朝には機嫌よくニコニコしていた母親が昼には怒って子供をぶつ。

もしあなたが1つの気分しか持たない1人の人間と暮らすのだったら、あなたのエゴも1つだけだろう。
が、あなた方は無数の気分を持った多くの人々と暮らして来てあらゆる種類の印象を受けて来た。

子供はどんな子供でも母親を見てニッコリするが、これは彼女が子供にとって
食物と愛情の源泉だからだ。そしてこの子供のニッコリは一種の外交的な駆け引きに過ぎない。
そうする事で子供は愛情や栄養をもっともっと獲得する。
2歳~3歳頃に子供は一番花開き、政治家になって行く。
4歳~5歳、その政治家は本物のカラを破り全てに羽根が生え飛び立って行く。

エゴとは母親、父親から生み出され分割され分裂し、
2歳前後に印象や反映や反射像(リフレクション)などの蓄積となり、
そしてこの時期にインプットされたエゴと共に生きていく。

このエゴを何かで落とさない限り、釈然としない世の中を生きて行く事となるかも知れない。
親は全て身も心も鏡である。最大のポイントは生まれて2歳(2年)で心が決まるという事らしい。
どのような環境で、どのような家庭で過ごすかが
大きなスタート台になるようである。とも言っている人がいたらしい。

人生100年の計が2年で決まるかも知れないニャー。
むずかしい。むずかしい。
今回は特に(でも少し分らなくはないニャー)

そう言えば勾玉小僧の母親は当時の皇后様から現天皇陛下の妹の黒田清子様の教育係を
何度も頼まれ恐れ多くお断りしていたが結果OKし、2歳から7年間、家庭教師をしたっけ。
やっぱり2歳が重要なのかニャー。

当時の新聞記事ニャ~



                                                勾玉小僧拝
                                         

令和元年伊勢神宮特別まがたま祭が滞りなく執り行われました。

エントリー投稿日:2019/11/15

令和元年(2019年)10月19日(土)〜10月20日(日)の日程で、一般財団法人伊勢神宮勾玉会と煎茶道黄檗売茶流の共催にて、「令和元年伊勢神宮特別まがたま祭」が滞りなく執り行われました。
ご参加頂きました皆様には感謝申し上げます。
当日の写真は下記リンクを御覧ください。

神々のつぶやき NO.27  いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/11/01

我が輩は猫であります。
ですが、以前は人間もしておりました!
人間時代に聞き及んだ話をするニャー。
 
【子供(幼児)の秘密だって!】その①

子供が一人生まれたとする。
その子は自分が誰であるか知らない。が、誰であるか知らなければならない。
さもなければ世の中で生きて行くことはとても出来ない!
自分は誰かだと感じ始める時、初めて子供は世の中に入っていく。

あなたがたが幼児の頃のことをほとんど思い出せないのはこのためである。
過去に遡っていても思い出せるのは3歳か4歳くらいまで。
それ以前の時期には入ってはいけない。これはどうした事だろう?
その時期には記憶の機能がなかったのだろうか?
頭に刻みつけられる印象とか体験とかがなかったのだろうか?

もちろんあった。
実のところ2、3歳頃の幼児が受ける印象は生涯のうちでももっとも鮮明という。
そして数限りない体験を子供は経ていく。
それなのになぜ記憶がないのだろう?

これはエゴがまだ熟していないからである。
この頃の幼児は自分が誰であるかまだ存在確認していない。
どんな自己証明もまだ芽を出していない。
幼児はどのようにしてエゴを持つようになるのだろう?

幼な子は母親の眼に見入る。
その眼は幸福そうに微笑んでいる。子供はその印象を集めていく。
「自分は美しいに違いない。自分は可愛らしくって大事な大切な存在に違いない。
自分が近くにいるとお母さんはすごく幸福になる。抱いたりキスしたり・・・」
子供はどんどん印象を集め、蓄える。
父親はなんとも嬉しそうに子供を高く抱き上げ、一緒に遊ぶ。
そして子供はそれをよく見ているのだ。

父親が鏡になり、母親が鏡になり、そして近所の人たち・・・
だんだんだんだんと子供はかき集め、その頭(マインド)の中に
自分が誰であるかをファイルしていく。
だから母親を父親を知らずに育った子供は・・自分を証明するための
存在確認(アイデンティティ)にいつも何か欠けている。

当然の事だが、まもなく子供は集めた印象を区分けして整理し始める。
自分を愛してくれる人たち、子供は彼らを大事にし、
自分を嫌う人たちは好きじゃない。
したがって自分のエゴにとって良くない印象は無意識の中で
頭(マインド)の地下室の中に投げ捨てられる。

誰かに殴られる!誰かに「おまえは醜い」と言われる。「バカな子供だ」と言われる。
こういう印象を子供は無意識の中に投げ込んでしまう。
そして分割が始まる。


ヒッヒッヒッヒ!
怖い話は続く。
さあ~どうなって行くのかニャー
人間の子供って大変だ!大変だ!

                                              勾玉小僧拝

                              

神々のつぶやき NO.26 いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/10/01

            我が輩は猫であります。
            ですが、以前は人間もしておりました!
            人間時代に聞き及んだ話をするニャー。
 
            【危険なこと、それは知ること。だとさ!これでいいのかニャー】その②

            仏陀は言った。「利用できるものなら何でも・・」
            これは恐らく真理の定義ではない。嘘だって利用することができるからだ。
            だが、仏陀の言っていることは正しい。
            もし何かがあなたの役に立つのなら、たとえつくりごとであろうとも、
            もしそれがあなたを助けて「真理」へと導くなら、それは真実だ。
            ときには逆の場合もありうる。

            あなたは真実を知っている・・・・が、それが障害になってあなたは、
            ますます混乱し、暗闇のなかに入って行ってしまうこともある。とも言う。
            だから最終的な成果が判断の基準となるべきだ。
            すべては最後に得られる結果で測られるべきだ。とも言う。

            あるとき、こんなことがあった。
            ある人物が弟子に囲まれて坐っていた時のことだった。
            喉が渇いてきたので話を聴いていた一人の少年に井戸で水を汲んでくるよう言いつけた。
            人物は少年に陶器を渡して言った!
            「気をつけるのだぞ。この器は土でできているが、とても高価なものだ!
            骨董品だ。落とすなよ!壊してはならないぞ!」
            そう言うといきなり彼は少年の頬を二、三回平手打ちにした!
            「よし、行け」とも言った。そこに坐っていた人達は我は眼を疑った。

            一人の心やさしそうな人が人物に訊ねる。
            「いったいどういうことでしょう?あんまりじゃありませんか。
            この子が何をしたっていうんです。器はまだ落としていないんですよ。まだ壊していないんですよ。
            この子はまだ何もしていないというのに罰するとはどういうことですか?」

            この人物は言った。
            「いかにもそのとおり。しかしあの子が器を落としてから罰したってどんな益がある?」
            この人物が言っていることは「生きる」にあっては必ずしも
            結果が原因の後に来るとは限らないという事が。
            ときには原因が結果の後を追いかけることだってある。
            ときには未来が先に来てから過去がやって来ることもある。
            必ずしも過去が先に来てその後に未来が来るとは限らない。
            「危険なこと、それは知ること」
            「人間が生きる」とは気楽な軽いものでも無いね!人間は複雑にこみ入っている。
            過去、未来すべてが生きている中で出会っているとも言う。
            かつて在ったものは今も何らかのかたちで存在している。どうやって消えてなくなることなどできようか!
            あなたの両親、そのまた両親、そのまた両親の両親、ついにはアダムとイヴ・・・・
            全てがあなたの中に含まれている。あなたの一部はアダムたちの内部にイヴたちの内部に在ったもの。
            そして彼等の全部が今、あなたの中に在る。過去全体がそこに在り、そしてまた未来全体(宇宙)も在る。
            人は「いづれ知る!」明日、未来、宇宙で起ころうとしていることは
            全て潜在的可能性としてあなたがすでに持ち歩いている。
            あなたが世界全体だ。
            原因であり、結果であり、過去であり、未来であり、すべてがあなたの中で一緒に結ばれている。
            実在の描くあらゆる線があなたのいるその地点で交差し交わる。
            知るということは危険!

            「一人の男が医者を訪れ妻に子供が出来ないと言う・・・
            いかがです彼女は治りましたでしょう」①の文言です。

            医者は嘘をついた。医者は未来は真実を言っていたら食餌療法をしなさい。絶食することですね」
            この真実では彼女はしなかったであろう。
            今まで何人もの医者が言って来た言葉だ!しかしこの医者は真実を語らず状況を作り出した。
            役に立つとすれば死の恐怖だけだと彼は「知っていた!」
            医者はその死の恐怖を使ってその女性にショックを与えた。

            死が扉をノックしている時に食べられる人がいるだろうか?
            食べることを愉しめる人がいるだろうかね?
            一秒ごとに彼女は時計をのぞいたにちがいない。カレンダーを見つめたにちがいない。
            また一日が過ぎていく・・・・
            彼女は死にはしなかった。
            むしろ、彼女のからだは完全に新しく生まれ変わった。新しい生命が起こったのだ。
            真実ではないが賢明だった。
            危険なこと、それは知る事!   終了。

                 ああ、今日はむずかしかったニャー
                 でも何となく分かるようだ。
                 神社でも行くべか!

                                              勾玉小僧拝
                                                   

神々のつぶやき NO.25  いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/09/01

            我が輩は猫であります。
            ですが、以前は人間もしておりました!
            人間時代に聞き及んだ話をするニャー。
 
            【危険なこと、それは知ること。だとさ!これでいいのかニャー】その①

            一人の男が医者を訪ね、妻に子供ができないのだがと言う。
            医者はその女性を診察し、脈をとりながらこう言った。
            「不妊の治療などできませんね。どちらにしてもあなたはあと40日の命です。」
            これを聞いたこの女性は心配のあまりその日からずっと何も食べる事ができなかった。
            40日経っても予言に反して彼女は死なない!どういう事かと夫が詰問すると医者は言う。
            「ええ、わかっています。でもこれで夫人は妊娠されますよ」
            いぶかる夫が訳を尋ねると医者はこう言った。
            「あの方は太り過ぎていましたね。それが不妊を引き起こしていたのです。
            食べることからあの方を引き離す唯一の方法は、死ぬ恐怖を植え付ける事。
            そう私は知りました。いかがです?彼女は治りましたでしょう」

            危険なこと、それは知ること!

            人が知るときには<生命>がいかに機能するか、その神秘的な働きをまた知ることになる。
            基本的な事は、真理を主張するかどうかではなく、人をいかに真理へ導くかということだ。
            ときには嘘も役に立つなら使われる。
            ときには真実もかえって邪魔となれば使わない。
            偉大な宗教家達、仏陀、イエス、モハメッド・・・彼らはみんなたいした嘘つきだったかも!
            これはなかなか信じがたいかもしれないが!

            基本的な事は、あなたがたに(真理を)語る事ではない。
            大事な事はどうやってあなたがたを(真理)に導くかである。と!

            ある人が仏陀に訊いた。「真理とは何でしょうか?」

            すると仏陀はこう言ったらしい。「利用できるものなら何でも・・・」


            続く。。。。。


                        これでいいのかニャー。ちょっと神社でも行くべかさ!


                                                勾玉小僧拝
                                                    

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