伊勢神宮と多賀大社。
この二つの神社は、地図で見ると決して近いとは言えませんが、神話の世界ではとても深く結びついています。 私は滋賀県に縁があることもあり、伊勢神宮を崇敬するようになってからは、多賀大社との関係が以前よりも気になるようになりました。お伊勢さんを想うとき、ふと「お多賀さん」の存在が心のどこかに浮かんでくることがあります。
日本最古の歴史書『古事記』には、国や神々がどのように生まれたのかが記されています。 その中で、多賀大社のご祭神である伊邪那岐大神(いざなぎのおおみかみ)と伊邪那美大神(いざなみのおおみかみ)は、夫婦の神として数多くの神々をお生みになりました。この中のお一人が、伊勢神宮のご祭神である天照大神(あまてらすおおみかみ)です。 つまり、伊勢神宮の中心におられる天照大神は、多賀大社に鎮まる伊邪那岐・伊邪那美の両大神の「御子神(みこがみ)」にあたります。この親子関係を知ると、伊勢と多賀は、たとえ距離は離れていても、決して切れることのない家族の絆で結ばれているように感じられます。
この神話的なつながりは、古くから庶⺠の信仰にも深く根づいてきました。
「お伊勢参らば お多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」という俗謡が、その何よりの証しです。 伊勢神宮にお参りしたなら、ぜひその親神様である多賀大社にも足を運びなさい ―― そんな、先人たちの優しい呼びかけが聞こえてくるようです。
実際に、伊勢から多賀へ、あるいは多賀から伊勢へと順に巡る参拝客も多かったことでしょう。天照大神を仰ぎ見るとき、その親神様へも想いを馳せることは、日本人にとって極めて自然な心の流れだったのかもしれません。
また、歴史や交通の面でも、伊勢と近江を結ぼうとした興味深い計画が残っています。かつて滋賀県を走る近江鉄道には、貴生川駅から三重県の広小路駅を経由し、宇治山田(現在の伊勢市)まで直通運転を行うという「近江鉄道宇治山田延伸構想」があったと伝えられています。
残念ながらこの構想は実現に至りませんでしたが、もし叶っていれば、多賀大社から伊勢神宮まで鉄道一本で参拝できたはずです。神話の世界だけでなく、現実の道筋としても両社が結ばれていたかもしれないと想像すると、胸が躍るような楽しさを覚えます。
私自身、伊勢神宮を訪れる際は天照大神の広大で清らかな御神徳に包まれるような心地になりますが、滋賀の地で多賀大社に参れば、その静かであたたかい空気が心に深く沁みわたります。どちらも日本の神話を支える大切な柱であり、私にとってかけがえのない場所です。
伊勢神宮を崇敬する私たちにとって、多賀大社は単なる「遠くの神社」ではなく、天照大神をお生みになった親神様が鎮まる、大切な「心の故郷」と言えるのかもしれません。伊勢と多賀 ―― この二社を結ぶ目に見えない糸を大切にしながら、これからも祈りの日々を重ねていきたいと思っています。
お伊勢参りの楽しみといえば「赤福」が定番ですが、お多賀さんを訪れた際には、名物の「糸切り餅」を味わうのもまた一興です。
参与 吉田 聡
雪化粧の多賀大社
![多賀大社]()
多賀大社の門前町

名物 糸切餅

糸切餅は多賀大社名物として知られる和菓子です。
米粉100%の白い餅でこし餡を包み、表面に青・赤・青の三筋の線を描き、三味線や弓の糸で一口大に切ったもの。ほんのりとした塩味と、優しい甘さ、柔らかな食感が特徴です。
鎌倉時代、モンゴル軍の撤退を祝し、彼らの旗印である赤青三筋の線を模した餅を弓の弦で切り、多賀大社の御神前に供えたのが始まりといわれています。糸で切ることで、刃物を使わず「悪霊を断ち切る(平和)」という意味が込められているのだそうです。
