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神々のつぶやき NO.26 いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/10/01

            我が輩は猫であります。
            ですが、以前は人間もしておりました!
            人間時代に聞き及んだ話をするニャー。
 
            【危険なこと、それは知ること。だとさ!これでいいのかニャー】その②

            仏陀は言った。「利用できるものなら何でも・・」
            これは恐らく真理の定義ではない。嘘だって利用することができるからだ。
            だが、仏陀の言っていることは正しい。
            もし何かがあなたの役に立つのなら、たとえつくりごとであろうとも、
            もしそれがあなたを助けて「真理」へと導くなら、それは真実だ。
            ときには逆の場合もありうる。

            あなたは真実を知っている・・・・が、それが障害になってあなたは、
            ますます混乱し、暗闇のなかに入って行ってしまうこともある。とも言う。
            だから最終的な成果が判断の基準となるべきだ。
            すべては最後に得られる結果で測られるべきだ。とも言う。

            あるとき、こんなことがあった。
            ある人物が弟子に囲まれて坐っていた時のことだった。
            喉が渇いてきたので話を聴いていた一人の少年に井戸で水を汲んでくるよう言いつけた。
            人物は少年に陶器を渡して言った!
            「気をつけるのだぞ。この器は土でできているが、とても高価なものだ!
            骨董品だ。落とすなよ!壊してはならないぞ!」
            そう言うといきなり彼は少年の頬を二、三回平手打ちにした!
            「よし、行け」とも言った。そこに坐っていた人達は我は眼を疑った。

            一人の心やさしそうな人が人物に訊ねる。
            「いったいどういうことでしょう?あんまりじゃありませんか。
            この子が何をしたっていうんです。器はまだ落としていないんですよ。まだ壊していないんですよ。
            この子はまだ何もしていないというのに罰するとはどういうことですか?」

            この人物は言った。
            「いかにもそのとおり。しかしあの子が器を落としてから罰したってどんな益がある?」
            この人物が言っていることは「生きる」にあっては必ずしも
            結果が原因の後に来るとは限らないという事が。
            ときには原因が結果の後を追いかけることだってある。
            ときには未来が先に来てから過去がやって来ることもある。
            必ずしも過去が先に来てその後に未来が来るとは限らない。
            「危険なこと、それは知ること」
            「人間が生きる」とは気楽な軽いものでも無いね!人間は複雑にこみ入っている。
            過去、未来すべてが生きている中で出会っているとも言う。
            かつて在ったものは今も何らかのかたちで存在している。どうやって消えてなくなることなどできようか!
            あなたの両親、そのまた両親、そのまた両親の両親、ついにはアダムとイヴ・・・・
            全てがあなたの中に含まれている。あなたの一部はアダムたちの内部にイヴたちの内部に在ったもの。
            そして彼等の全部が今、あなたの中に在る。過去全体がそこに在り、そしてまた未来全体(宇宙)も在る。
            人は「いづれ知る!」明日、未来、宇宙で起ころうとしていることは
            全て潜在的可能性としてあなたがすでに持ち歩いている。
            あなたが世界全体だ。
            原因であり、結果であり、過去であり、未来であり、すべてがあなたの中で一緒に結ばれている。
            実在の描くあらゆる線があなたのいるその地点で交差し交わる。
            知るということは危険!

            「一人の男が医者を訪れ妻に子供が出来ないと言う・・・
            いかがです彼女は治りましたでしょう」①の文言です。

            医者は嘘をついた。医者は未来は真実を言っていたら食餌療法をしなさい。絶食することですね」
            この真実では彼女はしなかったであろう。
            今まで何人もの医者が言って来た言葉だ!しかしこの医者は真実を語らず状況を作り出した。
            役に立つとすれば死の恐怖だけだと彼は「知っていた!」
            医者はその死の恐怖を使ってその女性にショックを与えた。

            死が扉をノックしている時に食べられる人がいるだろうか?
            食べることを愉しめる人がいるだろうかね?
            一秒ごとに彼女は時計をのぞいたにちがいない。カレンダーを見つめたにちがいない。
            また一日が過ぎていく・・・・
            彼女は死にはしなかった。
            むしろ、彼女のからだは完全に新しく生まれ変わった。新しい生命が起こったのだ。
            真実ではないが賢明だった。
            危険なこと、それは知る事!   終了。

                 ああ、今日はむずかしかったニャー
                 でも何となく分かるようだ。
                 神社でも行くべか!

                                              勾玉小僧拝
                                                   

神々のつぶやき NO.25  いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/09/01

            我が輩は猫であります。
            ですが、以前は人間もしておりました!
            人間時代に聞き及んだ話をするニャー。
 
            【危険なこと、それは知ること。だとさ!これでいいのかニャー】その①

            一人の男が医者を訪ね、妻に子供ができないのだがと言う。
            医者はその女性を診察し、脈をとりながらこう言った。
            「不妊の治療などできませんね。どちらにしてもあなたはあと40日の命です。」
            これを聞いたこの女性は心配のあまりその日からずっと何も食べる事ができなかった。
            40日経っても予言に反して彼女は死なない!どういう事かと夫が詰問すると医者は言う。
            「ええ、わかっています。でもこれで夫人は妊娠されますよ」
            いぶかる夫が訳を尋ねると医者はこう言った。
            「あの方は太り過ぎていましたね。それが不妊を引き起こしていたのです。
            食べることからあの方を引き離す唯一の方法は、死ぬ恐怖を植え付ける事。
            そう私は知りました。いかがです?彼女は治りましたでしょう」

            危険なこと、それは知ること!

            人が知るときには<生命>がいかに機能するか、その神秘的な働きをまた知ることになる。
            基本的な事は、真理を主張するかどうかではなく、人をいかに真理へ導くかということだ。
            ときには嘘も役に立つなら使われる。
            ときには真実もかえって邪魔となれば使わない。
            偉大な宗教家達、仏陀、イエス、モハメッド・・・彼らはみんなたいした嘘つきだったかも!
            これはなかなか信じがたいかもしれないが!

            基本的な事は、あなたがたに(真理を)語る事ではない。
            大事な事はどうやってあなたがたを(真理)に導くかである。と!

            ある人が仏陀に訊いた。「真理とは何でしょうか?」

            すると仏陀はこう言ったらしい。「利用できるものなら何でも・・・」


            続く。。。。。


                        これでいいのかニャー。ちょっと神社でも行くべかさ!


                                                勾玉小僧拝
                                                    

神々のつぶやき NO.24  いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/08/01

            我が輩は猫であります。
            ですが、以前は人間もしておりました!
            人間時代に聞き及んだ話をするニャー。
           
            【自由へと飛び立つ?いろいろな事があるニャー】 その②

            心やさしい客の一人がスゴイ人に”なぜ?”と質問をした。スゴイ人が答えだした。
            「では実証してみせようか。」と言う。
            その時、一羽の鳥が迷い入り・・・

            一羽の鳥が家に迷い込んで来た。
            これは鳥だけの問題ではない。人間にも起こる事だ。
            あなたがたも観察したことがあるだろう。鳥が部屋に迷い込んで来る。
            開いている窓から入ってくる。
            どこから入ったのか自分でわかるはずなのに、入ったその瞬間、その窓のことを忘れてしまう。
            そして、あちらこちらとバタバタ飛び回る。
            自分で入って来たのだからわかりそうなものなのに、
            どうして同じ窓から出て行こうとしないのだろう?どうしてあちこち飛び回る?
            鳥が慌てふためいて怖がれば怖がるほど入ったその源泉はますます遠ざかる。
            と、奇跡が起こる!
            鳥は壁という壁にぶつかって行くが、その窓の方には決して飛んで行かない。
            この鳥は笑ってはいけない可愛そうな哀れな鳥・・・
            これは人間が陥っている事態と同じだ。

            一つの例として例えばあなたが怒るとする。
            あなた方は誰一人として、どうやったら怒れるかとは訊きに来ない。
            ところが私のところへ来てこんな質問をする。
            「どうしたら怒りから抜け出せるでしょうか?」
            怒りの中に入ったのはどうやってかね?
            これも同じ事だ。
            つまり鳥は部屋の中にどう入るかは知っていたが、そのことをすぐに忘れてしまった。
            どうやら頭の中のどこかに一種の惑わし装置があるようだ。
            そうでなかったらどうしてこんな問題になる?あまりにも明らかな事ではないか。
            窓が開いている。鳥はそこから入って来た。同じ窓から出ていくがいい!
            しかし、頭の中のどこかに無意識のどこかに出るときに通る道筋は
            入るときの道筋と違っていなければならないという考えがあるようだ。
            これが問題だ!

            鳥が落ち着くのを待ち受けて・・・
            鳥がもがいている間は助ける事はできない。
            その助けは鳥にとって混乱を増すだけになる。
            鳥はますますあわてふためき気ちがいじみてくる。
            人間も同じであり、私の許に来るような時はよくあることだが、あまりにも落ち着きがなく
            混乱しているので、私がすぐに助けの手をのばしたらますます混乱してしまう場合がある。
            そんな時には私は待たなければならない。

            唯一開いた窓近く、ようやく鳥が落ち着くのを待ち受けてスゴイ人は突然パン!!と手を鳴らす。
            もう一度大きくパーン!と手を打つ!
            鳥はびっくりし、怖れ慌てて窓の外へ飛び出て行った。
            驚いた鳥はまっしぐら自由へと飛び立った!
            彼はこう言った
            (あの音はちょっとしたショックだったに違いない。侮辱でさえあったかもしれないね。
            あなたはそうは思わないかい?)

            スゴイ人は心やさしい客人に訊いた。
            「あの鳥のとった姿勢はどんな姿勢かね?私の鳴らした手の音はショックだったに違いないが、
            しかしそれがあの鳥に役立つ唯一の方法だったのさ。
            そら厳しいやり方だ。侮辱的だ。だがそれではじめてあの鳥は自由を得た。
            今頃はきっと大空高く舞い上がっている事だろう。
            今になってきっと私に感謝しているだろうよ。
            私が手を鳴らした時はおそらくあの鳥は腹を立てたに違いない。
            私のことをきつい奴だ。敵みたいな奴だと思ったに違いない。
            しかし、ふたたび羽を広げて大空を楽しんでいる今、全く自由になった今、
            私に感謝していることだろう。
            人間もおおかた同じ事さ!

            フーン!フーン!
            今度生まれ変わったら鳥になるニャーか!

                                         終わり。
                                          

                                                  勾玉小僧拝    

神々のつぶやき NO.23  いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/07/01

          我が輩は猫であります。
          ですが、以前は人間もしておりました!
          人間時代に聞き及んだ話をするニャー。

          【自由へと飛び立つ?いろいろな事があるニャー】 その①

          本日の話のキーワードは次の文言から始まる。
          「そのとき一羽の鳥が迷い入り、どこから出てよいのかわからずに、ここあそこと飛び回る・・・
          唯一開いた窓近く、鳥が落ち着くのを待ち受けてスゴイ人?は突然パン!と手を鳴らす。
          驚いた鳥は開いた窓からまっしぐら自由へと飛び立った!
          あの音は鳥にとってちょっとショックだったに違いない。侮辱でさえあったかも知れないね。
          あなたはそうは思わないかい?」

          偉大なる教師、いや高僧、いや神主でもある、とあるスゴイ人の許に一人の男がやって来て、
          自分の悩みを助けてほしい。教えの道に導いてほしいと乞い求めた!
          だがスゴイ人はこう答えた。
          「宗教上の探求などやめて直ちにここを立ち去れ!」と叫んで追い返してしまった。
          ちょっと残酷な仕打ちだね。ぞんざいな扱いかただ。
          スゴイ人の理想像とはかけ離れている。
          この男は一人の求道者としてやってきた。彼は助けを求めている。
          一人の悩み多き深き者としてやって来ているのに、スゴイ人のこのふるまいはちょっとひどい!
          「宗教上の探求などやめて直ちにここを立ち去れ!」とは!
          なぜ?スゴイ人はこの男を追い返そうとするのだろう???

          偉大なる教師、高僧、神主とは助けるためにも存在しているとも思う。
          スゴイ人は人々を招き歓迎し、そして話を聞き、その答えらしきものを伝えるものなのに、
          このスゴイ人のふるまいはなぜだろう?
          スゴイ人からこのような仕打ちを受けようとは誰も思わない!
          しかも訪ねて来たこの男は自分の問題を何とかしてほしい。
          求道の道案内をして欲しいと頼んでいるだけなのだ。

          その時、スゴイ人の近くにいた客らしき者が、あまりにも理不尽、不自然だったので
          スゴイ人に向かって話しかけた。
          「これはまたどういう事でしょう?どうしてこんなふるまいをなさるのか?説明して頂きたいものです。
          あの男は別に悪いことをしでかした訳ではない。一人の邪気のない求道者ではありませんか。
          それなのにあなたときたら・・・追い出してしまわれた。
          それならあなたはいったい何のためにここにおられるのですか?
          あの男は助けを求めたのにあなたは扉を閉ざす。彼は乞いを求めているのにあなたは辛くあたる。」
          心やさしい客がスゴイ人にたずねた。
          スゴイ人がこれに答えた!

          サアーどんな話になるのかニャー
          オモシロイネ
          次回またよろしく

                                                勾玉小僧拝
                                                     

神々のつぶやき NO.22  いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2019/06/01

          我が輩は猫であります。
          ですが、以前は人間もしておりました!
          人間時代に聞き及んだ話をするニャー。

          【大井戸捜査網!事故中心的捜査隊物語】 その②

          実は井戸へ落ちた男はもうぐったりしてこんな事を考えていたと言う。
          「ああ~もう助かる見込みはない。あんなに信仰の深い人達が来たっていうのに・・・」トホホ

          しかし、そんな思いとは別に我等のミスター宣教師は素早くロープとバケツを投げ下ろし、
          「引っ張り上げるからつかまりなさい」と大きな声で言った!
          正に一瞬だった。
          男は助けられて感謝の念を表しようもなく、ただただ宣教師の足元にひれ伏した。
          「あなた様だけが唯一の信仰深いお方です!」
          ビョ~ン ビョ~ン!

          すると宣教師は言った。
          「誤解してもらっては困る。これは主様が言ったこと。つまり最後の一人にまでも奉仕しない限り
          <神の国>に至ることはできないと言うことなんだ。
          奉仕はサダナ(sadhana)修行だ。
          奉仕を通してはじめて人は天国に到達する。
          だからよく覚えておいておくれ。
          何回でも井戸に落ちるんだ。宣教師は私だけじゃないんでね!
          子供達にも井戸に落ちるように教えなさい。そうすれば私達がかけつけて助けられる。
          あなた達が井戸に落ちなかったらどうやって私達が天国に至れると思う?」

          助けられた男は目がくらみ、軽い脳震盪がおきた様だ!???

          もし本当にこの様な考えを持った宗教者がいたら一体祈りとか念じるとか敬うとか、
          この偉大な言葉や文言はどうなるのか?
          井戸へ落ちた男もそんな考えが頭の中に浮かんで来た。

          もし、いわゆる宗教善人?と言われる方々の手につかまったら逃げるのはとても難しい。
          投獄されたも同じかもしれない!

          そういう人はすべてを「あなたのため」にやる。
          しかし、何をやろうとも、あなたという他者を通して天国への道を見つけようとしている
          とも思われてしまう。
          単なる宗教的手段だ!
          恐らく人間社会ではもっとも非道徳な行為かも知れないニャー
          人間を1つの手段として扱うなんとことは最大の罪だと思うニャー
          我が輩はネコニャンでよかった!

          分かち合えるものなら分かち合いなさい。
          だがどんな人間であろうとも、他者を変えようとしてはならない。
          変えようなんて、いったいあなたは何様かね?
          誰かを変えさせようなんていったい何様のつもりだね?
          誰がそんな権利を与えたのかね?
          もしできるのなら助けるがいいさ。だがその助けを手段にしてはならないね。
          そうしてしまったら、たとえあなたが宗教の世界にいたとしても、
          同じ様に計算高いずる賢い人としてとどまり、他者を搾取することになる。
          ギャーギャーギャー!大変だよ。

          この様な事が自己中心、事故中心的なことなのかニャー。
          私しゃーネコでよかったかね?
          又つかれて来た。
          神社でも行くべかさ!

                                             勾玉小僧拝
                                                    

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